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滑る?滑らない? タイルと“滑り”のメカニズムを知る

タイル研究室

はじめに──「デザインの床」が思わぬ落とし穴に?

お店や駅のトイレ、オフィスのエントランス──

濡れた床で「ヒヤッ」とした経験はありませんか? デザイン性に優れたタイルの床でも、条件によっては非常に滑りやすくなり、思わぬ事故につながることがあります。とくに高齢者や子どもが多く通る場所では、「滑らない床」は命を守る大切な設計要素です。

近年、リノベーションや店舗内装などで再び注目されているタイル。美しい表情や高い耐久性が魅力ですが、「滑りやすさ」にもきちんと向き合う必要があります。

本記事では、なぜタイルが滑るのか、その仕組みをやさしく解説するとともに、安全で快適な空間づくりのために知っておきたい知識をご紹介します。

滑る仕組みってどうなってる?──摩擦と水分の話

私たちが床の上を歩くとき、「滑らない」のは靴底と床の間に適度な摩擦(こすれあい)があるからです。ところが、この摩擦が何らかの理由で小さくなると、足元がズルッと滑ってしまいます。

特に滑りやすくなる原因として多いのは、水や油などが床にある状態。これらが摩擦の“潤滑油”になってしまうのです。

タイルはその表面が平滑であることが多いため、乾いていれば問題なくても、濡れたとたんに極端に滑りやすくなる場合があります。 また、表面の“ツルツル感”だけでなく、靴底の素材や歩き方、歩くスピードなど、複数の要素が滑りやすさに影響します。

つまり「このタイルは滑る」と一口に言っても、それは条件次第で大きく変わるということです。

 タイルはどう違うの?──釉薬・テクスチャ・形状の違い

一口にタイルといっても、その表面の作りは実にさまざま。たとえば、表面にガラス質のコーティング(釉薬)を施したタイルは見た目が美しく汚れも付きにくい反面、濡れると非常に滑りやすくなります。

一方で、釉薬のない「無釉タイル」や、表面に細かい凹凸や砂状のテクスチャがあるタイルは、摩擦が大きく滑りにくいという特性があります。最近では、目に見えないレベルで微細な凹凸を付け、意匠性を損なわずに滑りにくさを高めた高機能タイルも登場しています。

また、モザイクタイルのように小さなピースを敷き詰めるタイプは、目地が多くなるため意外にも滑りにくい設計にしやすいという利点があります。表面だけでなく、形状や配置も滑りにくさに関わっているのです。

 滑りにくさって測れるの?──CSR値と試験のはなし

近年、タイルの滑り抵抗を評価する方法として主流になっているのが、CSR(C.S.R:Coefficient of Slip Resistance)試験です。

これは人がタイルの上を歩行する際の「すべりにくさ」を数値化した日本発の評価方法で、「人間のすべり感覚」と良く対応している評価方法と言われています。日本国内の多くのメーカーが採用していてます。

CSR値の試験は、履物の底を模したゴム片を一定の荷重をかけ、床材の上を滑らせ、その抵抗値を測定します。試験体は基本的に水で濡らした状態で行われますが、

履物の素材や、表面の介在物の種類や量を実際の使用環境に近い条件でも評価することが可能な点が特徴です。

タイルのJIS規格では・・・

実際の使用環境(履物/介在物)によって「滑り片」「表面状態(介在物及び散布量)」の組合せ試験条件を選択し試験可能ですが、代表的な測定条件として下記2種類があります。

(使用環境イメージ) 

 測定条件NO.1: 雨水による水ぬれ箇所を硬質ゴムの靴底(紳士靴)で歩行

 測定条件NO.2: 泥汚れが持ち込まれる水ぬれ箇所を硬質ゴムの靴底(紳士靴)で歩行

測定方法による数値差の事例

商品名測定条件 NO.1
(水濡れ状態を想定)
測定条件 NO.2
(泥汚れ状態を想定)
アネーロ ANL-10.720.57
リミテッド CLD-103N0.800.51
オキシド(外床仕様) OXD-1000.760.50

上表の様に、同じタイルであっても、タイル表面の汚れ具合で、滑り抵抗値が大きく変わることが分かります。したがって滑りにくいタイルであっても防滑性を最大限に発揮するには、日常のメンテナンスでタイル面をきれいな状態で保つことが重要となります。

CSR値については、一般的に「数値が高いタイルほど滑りにくい」という傾向があります。しかしながら「すべり」は極めて多くの要素が影響しかつ個人差の大きい現象ですので、単に数値の大小だけで安全性を一律に評価することはできません。実際の使用環境(水濡れ、油、砂などの影響)や人の体格、歩行の仕方等にも左右されるため、CSR値は「絶対的な安全保証」ではなく、あくまで判断の目安と捉える必要があります。

タイルの選定に当たっては滑り試験CSRの数値を補完する形で、現物サンプルを用いて、感触・質感・滑りやすさを直接確認することも重要となります。

実際どう選べばいい?──場所別おすすめタイル

タイルの選び方は、見た目や価格だけでなく、「どこで使うのか?」という用途を基準にすることが大切です。滑りにくさの性能は、空間の利用状況や利用者によって求められるレベルが異なります。

玄関・ポーチ・屋外アプローチ

雨の日に濡れることを想定し、滑りにくい加工や表面テクスチャを備えたタイルの選定が望まれます。凍結の恐れがある地域では、耐水性とともに耐凍害性も考慮しましょう。

商業施設・公共トイレ・駅構内

多くの人が行き交い、水や汚れが床に残る可能性も高いため、高い滑り抵抗性能と清掃性・耐久性のバランスを取ることが求められます。

滑りにくさを確保するために、表面に光沢を抑えた「艶消しタイプ」の床材が一般的に使用されます。これらは滑りにくさを考慮して意図的にざらつき感や微細な凹凸を持たせており、濡れた際でも靴底や足裏が引っかかりやすい構造になっています。ただし、「艶消しタイプ」であっても必ずしも滑りにくいとは限らないため、CSR値などの指標を確認することが重要です。

また、使用場所によってスロープタイルと呼ばれるリブ付きの床タイルが採用されています。スロープタイルは、勾配のある場所や水に濡れやすい屋外で使用されることが多く、表面に設けられたリブが足裏に引っ掛かりを与えることで滑りを防止します。

 浴室・脱衣所・プールサイド

素足で使用が前提となる場所では、滑り抵抗値の指標として「C.S.R・B値」が用いられます。中でも、大浴場やプールサイドのように、不特定多数の人が裸足で小走りすることが想定される場所では、転倒リスクが高まるため、より高いC.S.R値・B値を備えた防滑タイルの採用が必要不可欠です。しかしながら、これらの場所では床面が素足で直接触れることから、安全性だけでなく、肌触りの良さや清掃性もタイル選定における重要な評価項目となります。

たとえば、表面があまりに粗すぎるタイルは高い滑り抵抗性能を持つ反面、歩行時に足裏に痛みを感じやすくなるほか、凹凸に汚れが溜まりやすく、清掃性が低下するという欠点もあります。汚れが蓄積すると本来の防滑性能が低下する恐れもあるため、滑り抵抗性能と肌触り、清掃性とのバランスを考慮したタイルの選定が求められます。

室内リビング・ダイニング

一般家庭内であれば、過度な滑り止めは不要ですが、小さなお子様やペットのいるご家庭では、意匠性だけを優先して、足元が不安定となるようなタイルを選ぶことは避けた方がよいでしょう。日常的に安心して過ごすためには、滑りにくさや足元の安定感にも配慮した製品選びが大切です。

特に犬や猫は、足の構造上、滑りやすい床では踏ん張りが効かず、関節や筋肉に負担がかかるため、転倒や関節疾患のリスクが高まります。さらに滑りによる不安定さがストレスとなり、行動上のトラブルにつながることもあります。適度な凹凸のあるタイルを選ぶことで、足元の安定性を高め、家族全員が安心して過ごせる住環境が実現できます。

このように、使う場所と利用者を想定することで、滑りにくさとデザイン性のバランスを取ったタイル選びが可能になります。

施工と清掃の注意点──使ってから滑る原因とは?

滑りにくいタイルを選んだはずなのに、「実際に使い始めたら滑るようになった」という声は少なくありません。タイルの滑り性能は製品スペックだけでなく、施工方法やその後の清掃・管理の仕方によって大きく左右されます。

 施工時の注意点

特に外部や水まわりで使用する場合、勾配設計は非常に重要です。水が残りやすい設計だと、どんなに滑りにくいタイルでも苔や汚れがたまり、滑りやすくなります。適切な排水勾配(1/50〜1/100程度)を確保することで、水はけを良くし、滑りのリスクを軽減できます。

また、目地材の選定や施工精度も影響します。目地の充填が浅かったり、仕上がりにムラがあると、水が目地に残りやすくなり、滑りやすさの一因となる場合があります。特に外部や水まわりでは、目地の深さや均一性を保った丁寧な施工が求められます。

清掃・維持管理の落とし穴

滑りやすさは経年とともに変化します。タイルの表面に皮脂や洗剤成分が蓄積すると、本来の防滑性能が発揮されなくなることがあります。特に商業施設などでは、日常清掃の一環として塗布される樹脂系の床用ワックスが、滑りの原因となることがあります。こうしたワックスは光沢を出す目的で使用されますが、タイルの表面に塗布されることで摩擦係数が低下し、本来の滑り抵抗性能が損なわれる可能性があります。

見た目の美しさを優先するあまり、安全性を犠牲にする事態を避けるためにも、清掃業者との連携が不可欠です。タイルの素材や仕上げに適した中性洗剤を選定することが重要です。また、ワックスの使用については、滑り止め効果のあるノンスリップタイプを選ぶか、素材によっては使用そのものを控えるといった判断も求められます。特に光沢を目的とした樹脂系ワックスは摩擦係数を下げることがあるため、使用前の検証が必要です。

まとめ──「安全性」もデザインのうち

タイルの“滑り”は、素材の選び方だけでなく、使用環境、施工方法、清掃の仕方までを含めて考えるべき極めて多面的なテーマです。単に「滑りにくい製品を選ぶ」だけでなく、「滑りにくさを持続させる設計と運用」の視点が求められます。

本記事で取り上げてきたように、滑りに関わる要素は非常に多岐にわたります。摩擦の仕組み、表面テクスチャ、CSR値という指標、そして日常の清掃・管理といった実務までを総合的に理解することで、より確かな素材選定と空間づくりにつながります。

そして何より大切なのは、“見た目の美しさ”と“使う人の安全”は決して相反するものではないということです。近年のタイル製品は、意匠性と機能性の両立をめざしたものが多く、それぞれの空間や利用者に応じた適切な判断と工夫により、その特性を最大限に活かすことができます。

私たちは、タイルという素材が持つ可能性を信じ、今後も安心と美しさを兼ね備えた製品づくりを通じて、安全で快適な空間づくりを支える一助となれればと考えています。

©DANTOUSHA
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